英会話はいつも苦い思い出

英会話はコンプレックスです。ただ英語がわからないというわけではありません。大学でイギリス文学のゼミにいたにもかかわらず、あまり会話ができないからです。小説や物語を深く読み解くことが勉強でしたから、話せなくても仕方ないのですけど。周りの人たちからは「英語やっていたのだから話せるでしょ」と単純に思われて辛かったです。

大学では英会話の実習もありましたが、実習回数はあまりありませんでした。大学は教育機関でありながら研究機関でもありますから、ただ会話ができるようになるという目的の実習はありませんでした。

実習の講師はイギリスから来た女性でした。毎回、難しいテーマでした。例を挙げると、地球温暖化抑止のための各国の政策、某大企業の倒産の要因は何だったのかなどがテーマでした。 高校まで教科書に載っていることしか勉強して来なかった私には、難しすぎるテーマでした。そのテーマの知識もなければ、自分の考えもありません。それまで、学校内や大学内のこと以外の世界に目を向けてみることがなかったので、英会話の実習はとても辛いものでした。

講師から当てられて答えなくてはならないのに何も言えなくて、講師はますます英語で質問を投げ掛けてきて、私はますます焦って言葉が出てきませんでした。がんばって言葉を絞り出しても、的外れな答えなのか、時間がかかりすぎなのか、講師に発言を遮られることもありました。英会話の時間は、怖い、悲しい、恥ずかしいという連続でした。講師は「日本の大学生はなぜもっと勉強しないのか?」と言っていました。

大学時代は英会話スクールに行ってみたかったものの、一人暮らしの生活で金銭面が不安でした。社会人になってから週1回で通い始めました。就職してからの赴任先は少し田舎の方でした。英会話スクールに行くには電車で5駅も離れたところまで行かないといけません。往復で1時間でした。スクールのスタッフからは「もっと通わないと上達しない」と言われましたが、仕事の都合や通う往復の時間を考えたら、通う回数を増やせませんでした。

レッスンは少人数制でした。自分の都合のいい時間を毎回選べるので、決まったメンバーではありませんでした。同年代の人の時は、休日の過ごし方やクリスマスなど身近な行事で話が進みます。

これが中高年の方と一緒になると、世界経済や世界情勢の話になりやすくほとんど口を挟めませんでした。年齢を重ねた今の私ならもう少し話せるでしょうけど、若いときには辛いものでした。

スクールはみんな話せるようになりたくて、話したくて来ています。勢いよく話す人も少なくありません。つい遠慮してしまうような人は、一対一のレッスンの方が上達できるかもしれません。